J・A・シーザーと悪魔の家 バイオグラフィ

J・A・シーザーと悪魔の家 メンバー

J・A・シーザー

J.A.Seazer
Vocal.&A.Guitar
作曲家・演出家
「演劇実験室◉万有引力」主宰


故・寺山修司が主宰し1960~70年代のアンダーグラウンドカルチャーの象徴として日本のみならず海外でも絶大な支持を受けた「演劇実験室◉天井桟敷」で音楽と演出を担当。
寺山修司亡き後はその衣鉢を継いで「演劇実験室◉万有引力」を旗揚げし、1985年エジンバラ国際演劇祭における「SUNA」でのフリンジファースト受賞、2005年愛知万博における「一粒の種」作・演出・音楽など現在も第一線で活躍し続けている。
1997年にはTVアニメーション「少女革命ウテナ」へ合唱曲「絶対運命黙示録」等を提供し、新しい世代に衝撃を与えた。


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Guitar.


本郷拓馬

Takuma Hongo
Bass.


田中まさよし

Masayoshi Tanaka
Drums.


谷本健治

Kenji Tanimoto
Organ&Piano.


多治見智高

Tomotaka Tajimi
Violin.

J・A・シーザーと悪魔の家 結成~活動休止まで

J・A・シーザーと悪魔の家は、シーザーと若きギタリスト森岳史の邂逅によって誕生する。1970年に後楽園の野外ステージで上演された演劇実験室◉天井桟敷のロックミュージカル「ブラブラ男爵」の為に結成された<第一次悪魔の家>は、フラワ―トラベリンバンド、ハプニングスフォーと日替わりで演奏し、観客に熱狂をもって迎えられた。 バンドの主な活動の場は演劇実験室◉天井桟敷の舞台や映画が中心だったが、71年「三里塚幻野祭」での演奏や、73年「国境巡礼歌(日本青年館)」、77年「鬼火(虎ノ門ニッショーホール)」、80年「萱草歌(渋谷ジァンジァン)」などの単独コンサートも行っている。特に唯一LP化された「国境巡礼歌」は日本最初期のサイケデリックロックの記念碑的名盤として、海外でも高い評価を受ける。
他に代表的なLPとして、大乱闘となった渋谷公会堂での天井桟敷公演を収録した「邪宗門」、寺山修司と東郷健の邂逅により生まれたゲイ・レボリューション・レコード「薔薇門」、御詠歌ロックの集大成・同名映画のサウンドトラック「田園に死す」、自他ともに認める最高傑作・説経節のための見世物オペラ「身毒丸」等。


制約のない自由な表現の場として、天井桟敷と並行して渋谷ジァンジァンでの定期コンサート「月蝕歌」「萱草歌」などでその活動は続けられていたが、1983年の寺山修司逝去/天井桟敷解散/万有引力結成を機に惜しまれつつもその活動は中断する。


J・A・シーザーと悪魔の家 年表(活動休止まで)

1969年05月シーザー、天井桟敷に客員として入団
1969年05月「時代はサーカスの象に乗って」舞台デビュー。打楽器を叩く
1969年06月「オデッセイ'69」公演。悪魔の家の前身バンド「監獄隊」を結成、シーザーはベースとボーカルを担当。
1970年04月「書を捨てよ街へ出よう・詩朗読会」森岳史が初参加。
1970年06月CBSソニーから「すべての人が死んでゆくときに/首吊りの木」でレコードデビュー。歌詞が問題となり、後に発売禁止になる。
1970年07月ロックミュージカル「ブラブラ男爵」公演。「シーザーと悪魔の家」の結成。フラワートラベリンバンド・ハプニングスフォーと日替わりで演奏する。
1970年09月「東京零年0シーザー死出の旅路篇」で演奏。
1971年04月音楽を担当した映画「書を捨てよ街へ出よう」公開。
1971年06月オランダ・ロッテルダム市立劇場で「日本楽器の夕べ」。シーザー単独の初リサイタル。
1971年07月晴海国際貿易センター「地獄より愛を込めて」で演奏。
1971年08月「71'日本幻野祭」に出演し演奏。
1971年09月札幌にて映画「書を捨てよ街へ出よう」のイベントで演奏。喧嘩で右腕を刺され、筋を切る大怪我。
1972年01月渋谷公会堂「邪宗門」凱旋公演で演奏。のちにLP発売。
1972年05月「邪宗門」大阪公演で演奏。
1972年06月NHKラジオ青森放送「恐怖の音楽」でシーザーと悪魔の家が特集される。番組のために数曲をレコーディング。
1972年06月「邪宗門」青森公演で演奏。
1973年02月国内での単独初リサイタルとなる「J・A・シーザーと悪魔の家リサイタル・国境巡礼歌」を日本青年館で2日間に渡り開催。のちにLP発売。
1973年08月市街劇「地球空洞説」で演奏。
1973年10月天井桟敷レコードから発売された「薔薇門」2曲に参加。
1973年11月田中星児のLP「イソップ物語」2曲に参加。
1974年05月秋田にて「寺山修司とJ・A・シーザー・リサイタルの若者との7時間半」で演奏。
1974年06月アメリカ文化センター「寺山修司自作詩朗読」で演奏。
1974年08月秋田にて「戯音フォークコンサート外伝・ジェフー毛コンサート」開催。
1974年12月音楽を担当した映画「田園に死す」公開&サウンドトラック発売。
1975年02月虎ノ門ニッショーホールで「J・A・シーザーリサイタル」を2日間に渡り開催。
1975年04月音楽を担当した映画「冒険者たち」公開。
1976年04月池袋西武百貨店で開催された「寺山修司・鏡の国のヨーロッパ展」でシーザーと森が演奏。
1976年06月青山VANホールで単独コンサート「呪術音楽界 伝奇集」を3日間に渡り開催。
1976年10月森田童子のアルバム「マザースカイ」で「春爛漫」「今日は奇蹟の朝です」をシーザーが編曲。
1977年01月イラン公演を基にスタジオで収録したLP「阿呆船」発売。
1977年02月渋谷西武百貨店で開催された「寺山修司の千一夜アラビアンナイト展」でシーザーと森が演奏。
1977年06月虎ノ門ニッショーホールで単独コンサート「J・A・シーザー伝奇音楽会 鬼火」を2日間に渡り開催。
1977年10月音楽を担当した映画「ボクサー」公開。
1977年11月銀風社主催「寺山修司の詩と映画の世界」で演奏。
1977年11月友川かずきのアルバム「千羽鶴を口に咥えた日々」でシーザーが編曲を担当し、森岳史をはじめとするシーザーバンドが演奏する。
1978年03月渋谷ジァンジァンで単独コンサート「月蝕歌」を開催。
1978年06月紀伊国屋ホールで「説経節の主題による見世物オペラ◉身毒丸」公演、全編で生演奏。のちにLPが発売される。
1978年07月渋谷ジァンジァンで単独コンサート「月蝕歌」を開催。
1978年08月友川かずきのアルバム「俺の裡で鳴りやない詩」でシーザーが編曲を担当、シーザーバンドが演奏する。
1978年09月音楽を担当した映画「君には海鳴りが聞こえるか」公開。
1978年12月渋谷ジァンジァンで単独コンサート「月蝕歌」を開催。
1979年09月音楽を担当していた「赤いテンギ 丸正事件・絆の物語」が公開中止。
1979年12月馬渕晴子プロデュースにより原宿ラフォーレで単独コンサート「ブラッククリスマス(闇乃降誕祭)十字架(クルス)の蜃気楼」を開催。
1980年02月渋谷ジァンジァンで単独コンサート「萱草歌」を2日間に渡り開催。
1980年04月渋谷ジァンジァンで単独コンサート「萱草歌」を2日間に渡り開催。
1980年12月渋谷ジァンジァンで単独コンサート「萱草歌」を2日間に渡り開催。森岳史が脱退。
1981年03月青山タワーホール「蘭妖子リサイタル」で演奏。
1981年11月音楽を担当した映画「上海異人娼館 チャイナドール」公開。
1983年11月音楽を担当した映画「草迷宮」公開。
1984年09月音楽を担当した映画「さらば箱舟」公開。

活動再開

それから約30年の時が流れた2012年5月4日、シーザーの音楽を聴いて育った新しい世代によるバンドとの出会いをきっかけに新宿FACE「山に上りて告げよ」でシーザーと悪魔の家は遂に再始動する。
盟友のギタリスト「森岳史」も迎え、超大入り満員となったこの日は「越後つついし親不知」「ソドムの杉天牛」など自身が作詞・作曲したオリジナル曲や寺山修司の長歌に曲を付けた「母恋餓鬼」「眼球裏がゑる病」などのシーザー自らボーカルを取る曲のみならず、「バーチャルスター発生学」「体内時計都市オルロイ」など『少女革命ウテナ』のために書き下ろされた合唱曲群や、それらの始祖といえる天井桟敷・万有引力の劇中合唱曲群で構成されたJ・A・シーザーの全キャリアを俯瞰する内容となった。


2013年、右腕だった森岳史の逝去後も単独コンサート「大鳥の来る日」「山に上りて告げよin浮見堂」「荒野より」、寺山修司×J・A・シーザーによる見世物オペラ「身毒丸」の再演、寺山修司生誕80年記念音楽祭「冥土への手紙」など、今日に至るまでライブ・舞台音楽・アルバム制作・他アーティストへの楽曲提供など、現在も最前衛でその活動を続ける。

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